ヒールの折れたシンデレラ
会場について、千鶴は宗治の腕から離れようとしたが、それを阻まれる。

「どこ行くんだ?」

不思議そうに聞いてくる宗治に千鶴は答える。

「どこって、受付ですよ。仕事しなきゃ」

そういっても一度離れていこうとする千鶴の腕をひっぱった。

「いいから、今日は俺のパートナーが仕事」

「え?でも三島さんや後藤さんは?」

先ほどもめていた二人が思い浮かぶ。

「俺は自分がプレゼントしたドレスを着た女をエスコートしたい」

そう言うと、ゆっくりと会場へと歩き始めた。

会場へ入ると、まず初めに経営企画室の面々が目を丸くしてこちらを見ているのに気が付いた。

千鶴は何となく恥ずかしくなってぎこちない笑顔を返す。

しばらく歩いていると、取引先の企業が次々に挨拶に来た。

「こんばんは。今日はまたいちだんと可愛らしいお嬢さんをお連れですね」

そうやって声をかけてきたのは、土地開発を行う会社の社長だった。

契約が少し難航していたはずだ。千鶴は頭の中の引き出しを開けて情報を呼び出した。

「そんなこと言うと、真に受けるからやめてください」

笑顔で談笑をしばらく交わす。

別の知り合いを見つけたのか、挨拶をして二人の前から離れた。

「あの社長これからかかわりが多くなるからきちんと名前と顔覚えておいて」

「はい。承知しました」

そんな風に、取引先の関係者との挨拶があるたびに詳しく解説してくれる。

今までは名刺でしか頭になかった相手の顔と名前が一致する。

宗治が千鶴を今日この場に伴った意味がわかった。

取引先が一同に会するこの場ほど効率よく相手先をインプットすることができる。

ただ慣れない服装もそうだが、いままで経理課でほとんどが社内の人間を相手していたので、笑顔一つ浮かべ続けるだけでも大変だった。
< 58 / 217 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop