ヒールの折れたシンデレラ
「心配しすぎ。ちょっと足を滑らせたみたい。課長も心配かけてすみません」

「いや、大事にならなくてよかった」

勇矢が安心した声を出した。

「それ本当?千鶴私には何でも相談してほしい。最近ちょっと悪い噂聞いてたからそれがらみじゃないのかなって」

千鶴も気が付いている。千鶴に対する悪い噂。

宗治の寵愛をいいことに無理矢理秘書課に異動したとか、まったく仕事もせずに遊んでばかりいるとか。

マンションを買ってもらったとかっていう噂も聞いた。

秘書課でいる分には多少理不尽な扱いをうけても仕方ないにしても、ほかの社員からやっかみとも言える嫌がらせを受けるのはつらい。

こそこそ話やあからさまな無視も続けばそれなりに堪える。

「大丈夫。噂のことも知ってる。なんてったって『シンデレラ』だから」

無理矢理作った笑顔で理乃を安心させて仕事に戻ってもらった。

勇矢には仕事の引継ぎをして戻ってもらう。

(一年間だけの辛抱。一年頑張れば)

そうは思うものの、言い知れない怖さからあふれてくる涙を布団の中で一心にぬぐった。

部屋の外では千鶴の漏れる泣き声を宗治は唇をかみしめて聞いていた。




それ以降、噂はあったものの直接千鶴が被害をうけることはなく安心して過ごしていた。

相変わらず秘書課での風当りは強いが前回みたいに仕事に支障がでるようなことはなかった。

宗治ともう少し距離をとればこういうこともなくなるのかもしれない。

だけど千鶴はできなかった。この距離感になれてしまった自分がいる。

一度距離をおいて思い知ったことがある。

千鶴は宗治と同じ時間を過ごすのに心地よさを感じているということ。

常務として尊敬するときも、プライベートで話をすることも。

その“心地いい”という感情に名前を付けることはあえてしていないけれど……。

今は難しいことを考えずにいたかったのだ。
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