ノーチェ
出来るだけ、不自然にならないように薫の名前を出す。
「薫くんなら上で寝てるよ。」
「…そう。風邪、引いたんだって?」
「あぁ。バカは風邪引かないって言うのにな。」
ははっと鼻で笑った啓介くんはカップにコーヒーを注いだ。
そしてカチャン、と初めて会った時のようにあたしの目の前に置く。
香ばしい、淹れたてのコーヒーの香りが店内に充満する。
一口飲むと、まるであの日に戻ったみたい。
…あの時は確か、百合子さんに薫から連絡が欲しい、って頼まれて。
無理を言って薫に電話しろ、なんて説教じみた事を言ったっけ。
つい最近の出来事なのにすごく昔に感じる。
半分程コーヒーを飲んだところで、あたしはカップを置いた。
「薫にも、お土産渡したいんだけど上行っても大丈夫…かな?」