ノーチェ
「…何かさ、」
「何?」
ぼそっと呟いた薫に、あたしは鍋を片付けながら視線を向ける。
薫は腕で顔を隠したまま静かに口にした。
「具合わりぃとさ、人肌が恋しくなるよな。」
その言葉に、ある人が思い浮かぶ。
…やっぱり、薫はまだ百合子さんの事…。
れんげがカチャン、と鍋にぶつかる音が響いて沈黙があたし達を包んだ。
結婚する百合子さんを想う薫と、結婚してる桐生さんを想うあたし。
その切なさが、あたしにもよくわかるから
何も言えなくて。
薫とあたしは似た者同士なんだ、と思うと少しだけ自分の恋が間違いじゃないなんて考えてしまった。
…本当は、間違いだらけのはずなのに。
「…薫。お土産、ここ置いておくね。」
隠れた薫の揺れる瞳に
あたしはそれだけ告げて部屋の扉を閉めた。
二人の切なさだけを
そこに残して。