ノーチェ
耳に掛けた黒髪は
ねこっ毛なのかすぐにさらり、と彼女の肩に落ちる。
右側に髪を寄せた百合子さんの動作は一つ一つが上品で、彼女の育ちのよさが垣間見えた。
「…薫の事、なんだけどね…。」
「…はい。」
彼女の口から『薫』の名前が紡がれる。
わかっていたからこそ、あたしは彼女の言葉を待った。
静かな店内に流れるジャズは、どこか啓介くんのバーを思い出させる。
グラスの中で、氷が溶ける音と共に、百合子さんは話し出した。
「…あなたにしか、頼れなくて。」
そう言った彼女の左手に光る銀色の指輪。
「…塚本総合病院、って言えば、わかるかしら。」
「…………。」
シンプルなその指輪が
あたしの罪悪感を生み出してゆく。
「薫に、あの病院を継いで欲しい、って伝えて欲しいの。」
視線を逸した先に、遠くで夕日が沈んでいくのが見えた。