ノーチェ
はぁ、とあからさまに溜め息をこぼしてあたしはロッカーを開けた。
ロッカーに備え付けの鏡に写る自分。
…菜月には、桐生さんとの事は話してなかった。
あたしの恋は
正々堂々と胸を張って言えるような恋じゃない。
夜の闇に隠れて、狭い部屋の中で抱き合う事しか許されない。
不倫してます、だなんてとてもじゃないけど友達には言えなかった。
ストラップ一つ付いてない携帯を握り締める。
着信に残る、非通知の文字。
――あたしは、桐生さんの携帯番号を知らない。
クリスマスの予約簿に書かれていた携帯番号は変えてしまったらしい。
自分が不利になるような事はしない。
彼らしい、と思った。
会いたいと思っても
自分から掛ける事は許されない。
気紛れな彼の着信に、あたしは踊らされているのだ。
…何て、惨めな恋なんだろう。