ノーチェ
「薫は、あの病院を継ぐ気はないんでしょ?」
「あぁ。」
短く答えた薫は
煙草にライターで火を付けて人差し指と中指の間に挟む。
その返事を聞いてあたしは言った。
「じゃあ、何かしたい事があるってこと?」
薫の口から
ふわりと煙が浮かび上がる。
それはまるで
冬に浮かぶ吐息のよう。
消えてはまたすぐに生まれて、そしてまた空気と同化してゆく。
「…何だろな。」
ポツリと呟いた薫は
ガラスの灰皿に灰を落として背もたれに体を預けた。
「医者になる事が、全てだったから。今は何も考えてねぇかな。」
「…そっか。」
そうだよね。
薫は、百合子さんの傍に居る事が辛くて
医者になる事を諦めたんだ。
『何かしたい事があるってこと?』
そう聞くのは
薫にとって愚問だ。