ノーチェ
それまで、狭いアパートで母親と二人暮らしだった薫は
親の再婚を経て、突然だだっ広い豪邸に連れていかれ、今まで経験しなかった英才教育をたたき込まれて。
本来なら、誰もが羨ましがる環境の中で
思春期だった薫にとってそれは、今までの生き方全てを変えていかなければならなかった。
その時の薫を思うと胸が締め付けられる。
長い沈黙の中で
ダーツに矢が刺さる音とジャズが響き渡った。
「だけど、」と付け加えた啓介くんは
「薫は変わったよ。どうしようもない奴だったけど、少しずつ自分の立場を理解し始めて。」
トン、と弾かれた灰が排水溝に落ちてゆく。
「…それは多分、百合子さんのおかげじゃないかな。」
その言葉と共に
改めて、薫にとって百合子さんの存在の大切さを思い知らされたような、そんな気がした。