ノーチェ


ふーん、と頬杖を付いた薫は短くなった煙草をペットボトルに入れる。

中の水で瞬時に煙が消えた煙草は水分を含みながらプカリと浮いていた。




「そう言えば、」と話を切り替えした薫に俯いていた顔を上げる。


「百合子が心配してた。」

「……そう…。」


あの日。
あたしは何も言わずにあのレストランを飛び出した。

せっかく誘ってくれたのに、本当に申し訳ない。



少し間を置いて

「…ごめんね、本当。慣れない場所で戸惑っちゃって。」

そう言って、曖昧に笑った。



あの時の事を思い出すと胸が痛む。


――百合子さんの旦那さんが桐生さんなんて。

考えただけで、目の前が真っ暗になる。



だからこそ、考えないようにしてた。


…なのに、そんな事を知るよしもない薫は
更に言葉を繋いでゆく。



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