ノーチェ
顔を逸したままのあたしの腕を引っ張った薫。
手を伸ばせば届く距離に居る桐生さんの視線があたしに向けられているのがわかった。
「莉伊、百合子の旦那。お前、この前帰っちゃったから紹介出来なかったんだけどさ。」
「……………。」
どうしよう。
桐生さんの顔を真っ直ぐに見れない。
薫と目を合わせるのが怖い。
「……莉伊?」
桐生さんと同じように優しくあたしを呼ぶ声。
「…どうした?」
心配そうに顔を覗き込んだ薫に、今にも感情が弾けそうだった。
通り過ぎる車の音。
まだ少しだけ強い太陽の日差し。
お昼休みの会社員。
全てがどこにでもありふれた日常なのに
あたしだけがそこから抜け出して、たった一人。
そんな気がした。