ノーチェ
「薫、」と呼び掛ける低い声。
それは桐生さんの口から発せられたものだった。
「何か用事があるんじゃないのか?」
「え?あ、いけね!もうこんな時間じゃん!」
腕時計を見た薫は
「莉伊、悪い!俺これから面接なんだ!また連絡する!」
そう言って慌ただしくバイクに跨がると
爆風を吹かせて颯爽と走り去ってしまった。
「…ったく。相変わらず騒がしい奴だな。」
ふぅ、と溜め息をついた桐生さん。
あたしは石のようにその場から動けないまま。
ここには今
あたしと桐生さん、二人きり。
どうしよう。
今更ながら、何て言い訳したらいいの?
仲がいいとは言え、薫を家に泊めたのは紛れもない事実だ。
きっと、桐生さんも勘違いしてる。
「莉伊。」
呼ばれてドキリと肩が竦む。
「ちょっと、時間あるか?」