ノーチェ
鼻で笑うと
男は目の前に立ち、あたしを見下ろした。
その目線の高さに圧倒されてあたしは背中を壁にくっつける。
「…彼氏、じゃありません。」
やっと口を開いて出た言葉は精一杯の強がり。
彼氏と呼べる程、桐生さんの事は知らないもの。
あたしが知ってるのは名前と、あの温もりだけ。
「……ふーん、じゃあ不倫か。」
「な…っ!」
紫煙をあげて
男はあたしを意地悪そうに見つめる。
確かに、桐生さんとの関係は世間一般で言われる不倫関係だ。
太陽を浴びて、手を繋いで歩く。
そんなの、現実的に考えて無理なのも嫌なくらいわかってる。
だけど他人から聞くその言葉は、どうしても否定したかった。
少なくともあたしは
桐生さんと不倫関係だなんて思いたくなかった。
あたしは、桐生さんが好きなだけ。
それの何が悪い事なの?