ノーチェ
桐生さんに携帯番号を聞いたあの日から
あたしは、一度も桐生さんに連絡をしていなかった。
…番号を知らなかった時は、何度も声が聞きたくて無意味に携帯を開いていたのに
知ってしまうと何故か躊躇ってる自分がそこに居て。
桐生さんの名前を登録する事でさえ、戸惑って。
――だから、『K』と登録したんだ。
ひっそりと、想いを隠すように。
でもまさか、それを薫に見られるなんて…。
『ダ、ダメッ!』
…あの時、薫はどう思ったのだろう。
避けるように背を向けたあたしを、あの時
薫はどう感じた?
「……もぉ…っ、何してんのよ、あたし…。」
桐生さんを拒む事も、彼から離れる事も出来ないくせに
薫にただ、傍に居て欲しいと願うあたし。
行き場のない感情だけが月明りの中で夜を彷徨っていた。