ノーチェ


薫の香水を、すぐ傍に感じる。

それは、いつかの雨の日に感じた温もり。




「…嘘なんかじゃねぇ。」

ぐっと苦しいくらいに薫はあたしを抱き締め続ける。




その言葉が、あたしの脳を麻痺させた。






――それから先の事は正直、覚えていない。

ただ気がつくと、慣れた手付きであたしを抱く桐生さんが居て。



あたしは流されるまま、桐生さんに体を預けていた。


快楽に溺れて
弾けるような夜の闇に溶けて。


だけどその日、心に染みついたのは桐生さんの温もりじゃなくて

抱き締められた、薫の温もりだったんだ。





『――…好きだ。』

耳の奥に残る、薫の声。



あれから、約4ヵ月。


…あたしは薫に、会っていない。




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