ノーチェ



泣いたらいけない。


泣いちゃダメ、そう思えば思う程

涙はとめどなく溢れた。




彼の前で泣くのは
桐生さんにとって負担になる。

重たい女、だなんて思われたくない。




―なのに、涙は止まらなかった。






「莉伊…。」


背中を向けるあたしを桐生さんが後ろから抱き締める。


「桐生さ…、」

そして振り返らせるとそのまま夜景の広がる窓にあたしを押し付けて唇を奪った。




「…ん…っ。」


溶け出すような、全てを奪うような苦しいキス。


だけど嫌じゃなかった。


窓ガラスに頭をぶつけないよう、桐生さんはあたしの後頭部を右手で押さえて

左手は窓に添えたまま首筋に唇を移動した。



『家内の親父さんが倒れたんだ。』

不謹慎だけど、今この時だけは彼の瞳に映るのはあたしで。


遊びだとしても
踊らされてるとわかっていても

それだけで、あたしの理性はどこかに飛んでしまう。



求め合う唇から
少しだけ、煙草の味がした。





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