ノーチェ


そして店内の笑い声が鳴り止んで、冬の冷たい空気が扉から流れ込んでくる。


「胸につっかえた物、全部伝えてくるんだよ?」



菜月の言葉に振り返ったあたしの瞳に映った姿。


これは幻?

それとも、夢?




「………薫…?」



揺れるウォレットチェーンに擦り切れた、エンジニアブーツ。

破けたジーパン。




「…よぉ。久し振り。」

立てた髪の毛を揺らしながら、薫は少しだけ眉を下げてあたしに笑った。




夢なんかじゃない。
まして、幻なんかでもなくて。


…なのに、どうしてだろう。




薫、あなたがぼやけてよく見えないの。



「お前はいっつも泣きそうな顔してんな。」

「………っ。」


その笑顔に、ずっと。


ずっと、会いたかった。




< 230 / 306 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop