ノーチェ
一方のあたしは、今起きている現実に頭がついていかない。
でもそれは、きっと薫も同じだった。
この状況を今、理解出来ているのは
桐生さん、ただ一人。
「……なぁ、勇人さん。どうゆう事だよ…?」
薫の腰からぶら下がったウォレットチェーンが視界の端で揺れる。
ふぅ、っと口から煙を吐き出して、灰を落とした桐生さんは
「莉伊、」といつものようにあたしを呼んだ。
その呼び掛けに、あたしの肩がビクン、と反応を示す。
「……莉伊…?」
薫はゆっくりとあたしに視線を向けた。
だけどその視線はすぐに桐生さんへと戻り
「ちょっと待てよ…。何で勇人さん、莉伊の事呼び捨てしてんだ?」
薫の語尾が震えているのがわかる。
そしてまた一口煙草を吸った桐生さんは
立ったままの薫を見上げて告げた。
「…お前が今考えてる事が答えそのものだ。」