ノーチェ
ふわりと御線香の香りが鼻をかすめる。
あたしは立ち上がって桐生さんに背を向けると
「…喪主が、こんな所に居ちゃダメじゃないですか。」
そう言って避けるように歩き出す。
苦しいのは桐生さんだって同じなのに、今は話す気分にはなれない。
こうしてる間にも
薫がどうしてるのか、考えてしまって。
様々な感情が、あたしの中で交差してゆく。
そんなあたしに
「…そうだな。」と一言呟いた桐生さんは
歩き出したあたしの肩を掴んで自分の胸へ引き寄せた。
「…っ、桐生さんっ!やめて下さい!」
抱き締められた桐生さんの腕の中で、あたしは懸命に抵抗を見せる。
こんな所、誰かに見られたら…。
もし、薫に見られたら。
「嫌っ!やめて…っ!」
ぐらりと体が揺れて、桐生さんの温もりがあたしを開放する。