ノーチェ
肩に掛けていたカバンがずり落ち、それを胸に抱えたあたしは
「何で、こんな事…っ。」
目の前に居る桐生さんを睨み付けて言った。
「百合子さんの事…、愛してたんじゃないんですか!?」
視界が歪む。
だけど、歪んでいたのはあたしの心だった。
ポケットから煙草を取り出した桐生さんは
そのまま一連の動作で煙草に火を付ける。
「……もちろん、愛していたよ。」
そう言いながら。
「…なら、どうして?どうして、あんな事…。」
『俺は、莉伊と生きていくと決めた。』
どうして、あんな事を薫に伝えたの?
ザァ、と木が煽られて冷たい風が、二人の間をすり抜けてゆく。
風と同じ方向に流されたセブンスターの煙に
桐生さんは目を細めながらあたしを見つめた。