ノーチェ
…全ての、夜
あたしの悲しみも喜びも苦しみも
全ては夜にあった。
夜はいつだってあたしに優しくて。
だけど夜が優しかったのは、あの人が居たから。
変わらない愛をくれた、あの人の笑顔が
そこにあったから。
「桐生さん、」
呼び掛けると彼は顔を上げて少しだけ微笑んだ。
懐かしい、セブンスターの香り。
注文を聞きにきた店員に
「すぐ帰るので。」と丁重に伝えると、桐生さんが口を開いた。
「どうした?こんな所に呼び出して。」
慌てて出て来たのか、いつもきっちりしているはずの桐生さんのネクタイが曲がってる。
それはあたしの胸をチクリと痛ませた。
「……あ、あのね、あたし…。」
また一つ、言葉が濁ってしまう。
肝心な所で躊躇ってしまうのは、あたしの一番いけない所だ。