ノーチェ


立ち上がった彼を呼び止めたあたしは

「…ありがとう…。」

そう言って、熱くなった目頭を堪えて桐生さんを見上げる。



そして―――…





「……今まで、ごめんなさい。」

それは、いつも桐生さんの面影にあった
百合子さんへ伝えたかった言葉。




そんなあたしに、小さく微笑んだ桐生さんは
伝票をヒラリと振って

「…幸せに、な。」

そのまま、振り返らずに喫茶店をあとにした。



「……さよなら。」

さよなら、桐生さん。


好きで、好きで
ずっと、苦しくて。

だけどあなたに出会えて恋に落ちて。


例え、一緒に居たのは短い間でも
あたしと生きていく、と考えてくれたあなたを好きになれた事

後悔なんて、しない。



束の間の、夢のような
桐生さんとの時間は

きっと、一生忘れたりなんかしないから。



だから、いつかまた出会えた時

あなたに、言えたらいいな。



『幸せです。』


そう、笑って。




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