ノーチェ
はぁ、と店の外まで届きそうな溜め息をついて菜月は
「相手の心が見えればいいのにね。」
とぼそっと呟いた。
思えば、こんなに寂しげな表情をする菜月を見るのは、初めてかもしれない。
それだけ、菜月の想いの強さが手に取るようにわかる。
だけどあたしは菜月の痛みを消せるような気の利いた言葉が思い浮かばなかった。
あたしが不倫してる、だなんて菜月が聞いたら一体どうなってしまうんだろう。
罪深いあたしの恋心に
顔も知らない桐生さんの奥さんの存在が重くのしかかる。
そんな時、カランと鳴る鈴の音が店の扉から聞こえた。
続いて届いた上品なパンプスの音に店先に視線を向ける。
「いらっしゃ……、」
百合を持つあたしの手が止まった。
菜月が視線をあたしに向ける。
様々な花が美しく乱れ咲くあの豪邸が頭の片隅に浮かんだ。
『薫、帰ってきたの!?』
…それは紛れもなくあの時、豪邸で会った彼女だった。