ノーチェ
シャーっとタイヤが雨を弾きながら道路を走る。
「タクシー、来ないね。」
大通りのわりに、タクシーはなかなか来る気配を見せない。
「薫、戻ってもいいよ?濡れちゃうし。」
「いや、大丈夫。こんな夜中に女一人ほっとけねぇよ。」
薫が時折見せる優しさがあたしを安心させてくれる。
「…ふふっ。」
「あ?何笑ってんだよ。」
あの時、合コンで会った最初の印象は嘘のよう。
怖い印象を持たれがちな薫は、本当はすごく温かい人だって
あたしは知ってる。
「…ありがと、ね。」
「何が?」
「…色々と。菜月にも啓介くんにも黙っててくれて、助かった。」
ふいに蘇る桐生さんの笑顔。
雨が地面を叩く音が街に響き渡る。
黙り込んだ薫に、急に恥ずかしさを覚えて
「あ、え、駅の方、行ってみようか!」
そう言って背を向けたその時。