ノーチェ
「桐生です。」
そう名乗る彼に
あたしは閉じた予約簿を再び開いた。
一際目立つ、その予約リスト。
ノートに添えた指の先に綴られた名前。
――薔薇100本を予約したのは彼だった。
「仕事が長引いてしまって。すみません、こんなギリギリに。」
「あ、いえ!」
ショーケースに入れられたその花束は
約束の時間よりも一時間以上遅く、彼の手元に届いた。
真っ赤な薔薇は
彼の仕草一つ一つにとても似合っていて
クリスマス、という聖なる夜にあの花束を受け取る相手を
少し羨ましく思った。
そしてお会計の時に差し出された左手に光る、薬指。
…あぁ、奥さんにあげるんだ。