ノーチェ


薫、今何て…?


雨音にかき消されて
薫の言葉はよく聞き取れなかった。


加速してゆく心臓の音。



もう抵抗すらしなくなったあたしに、薫はそっと体を離すと覗き込むように見つめてくる。


ドキン、と今まで以上に鼓動が跳ねた。



「…薫?」


震える唇でそう呟くと
切ない視線があたしに向けられる。



薫は右手であたしの濡れた髪の毛をすくった。


そして

「行くな。」

という言葉と共に
そっと重ねられた唇。


あたしはそのまま、目も瞑らずに薫の顔越しに見える雨を見つめていた。










…薫。


あの時、あなたはどんな気持ちであたしを抱き締めていたんだろう。

ただ刻一刻と過ぎてゆく時間の中で、あなたはあたしに変わらない優しさを与えてくれた。


それに目を背けて
気が付かないフリをしても、あなたはあたしをずっと支えてくれてた。



傷つけ合う事でしか
あなたに答える事が出来なかったのは
自分の罪が、あまりに重かったから。

あなたの優しさが
痛かったから。



ごめんね、薫。




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