ノーチェ
『…っやだっ!』
思い切り突き放すと少しだけよろけた薫は俯いたまま口を閉ざす。
二人の間に出来た距離。
初夏の雨に打たれて
あたしは自分を抱き締めるように腕をさすった。
雨が体中に絡み付いて服がまとわりつく。
『……ごめん…、あたし…っ、』
『悪い。』
やっと出たあたしの言葉を遮った薫は
『…俺、どうかしてる。』
と濡れた前髪をかき上げて頭を抱えた。
その言葉にあたしも俯いてそのまま黙り込んだ。
しばらく続いた沈黙を先に破ったのは薫だった。
『莉伊、俺…。』
『あたし、帰るね。』
…何も、聞きたくなかった。
今更ごめん、と謝られても触れた唇の感触は確かに残ってる。
『ごめんね。』
『莉伊…。』
そう言って薫を追い越したあたしは駅に向かって走り出した。
『莉伊!』
呼び止める、薫の声を避けるように。
ただ、雨の中を
ひたすら前を見て。