ノーチェ
「355円のお釣です。」
どこか気落ちした感情で彼の左手にお釣を渡す。
「ありがとう。」、そう言って薔薇に包まれた彼の笑顔だけがあたしの胸の中に残った。
だけど、彼がここに残していったのは
それだけじゃなかったんだ。
――あれを運命と呼ばずに、何と呼べばいいのだろう。
「ありがとうございました。」
そう言って
薔薇の花束を抱える彼の後ろ姿を目で追う。
カラン、と鳴る鈴の音と共に暗闇に溶けていく彼を見届け、ふと視線を床に落とした。
…?
花びらが散らばる床の上に、ブランド物の名刺入れ。
心臓がドクンと跳ね上がった。
ゆっくりとそれを拾い上げて、中の名刺を確認する。
だけどわかっていた。
【桐生 勇人】
これは、彼のだと。