ノーチェ
「桐生さん?」
「ん?」
夏休み前の校舎では
数少ない生徒達が懸命に机に向かってる。
時たま聞こえる先生の声が、昔の自分へとタイムスリップさせた。
「…どうして、あたしをここに?」
揺れる湖畔から涼しい風が吹き付ける。
水面がキラキラと光り、その眩しさに目を細めた桐生さんがゆっくりと話始めた。
「何でだろうな。俺にもよくわからない。」
「…………。」
「でも、」と続けた桐生さんは
「莉伊をここに連れて来たかったんだ。」
とあたしに優しい笑顔を向けてくれた。
…あたしを、ここに?
ふわっとした温かい空気があたしの体を循環してゆく。
微笑む彼が、何を意味しているのか。
その時のあたしにはわからなかった。
だけど
それで、よかった。
『莉伊をここへ連れて来たかったんだ。』
その言葉だけで、まだ頑張れるような気がして。
未来なんてあたし達にはないけれど
それでも、あたしは嬉しかったから。
この手の温もりを
もう少しだけ、感じていたい。
そう思った。