ノーチェ
「あ、ううん!菜月からメール来ただけ!」
「そう。」
慌てて返事をしてあたしは携帯を閉じた。
だけど頭の中で回想する雨の日。
『行くな。』
どしゃ降りの雨の中、ハッキリと聞こえた薫の力強い声。
そして唇の感触。
風邪、ってもしかしてあの時……?
そんな思いが駆け巡る。
ふらふらとどこかおぼつかない足取りで桐生さんを追い掛けると
「こちらになります。」
と、女将さんが襖を開けた。
「莉伊、」と手招きをした桐生さんに
あたしは顔を上げる。
その笑顔に答えるように畳へ足を踏み入れた。
「大丈夫か?」
「…え?」
「何か、心ここにあらずって感じだから。」
「そ、そんな事…ないよ?」
ごまかすように桐生さんから視線を逸す。