先生と呼ばないで【完】
電車の中はお互い無言だった。
疲れているのか、八神くんは寝ているみたいだったし。
徹夜で絵を描いてるんだもんね…
私は彼の寝息を聞いているだけで幸せだった。
駅は多くの人で混雑していた。
行き交う人が楽しそうにしているのを見ると、とても羨ましく感じる。
「送らなくて大丈夫?」
「うん…誰が見てるかわからないし」
「そっか。俺さ……今日すげー楽しかった」
「私も…楽しすぎたよ」
「今日のこと忘れねぇから」
八神くんが俯きながら照れ臭そうに笑った。
「うん、私も忘れない」
こんなに楽しい1日、忘れるわけないよ。
「じゃ…俺行くわ」
「うん…」
ここではさっきみたいに抱き合うのはもちろん、手だって繋げない。
だけど…最後にもう一度だけ、八神くんのぬくもりを感じたいと思ってしまった。
彼の後姿を見つめていると、急に寂しさがこみ上げてくる。
もうあの手に触ることも、抱きしめることもできない。