笑顔の君(仮)
第一章
意味がわからない
私が学校の中で一番好きな場所であるこの中庭のベンチ。
中庭なんて昼休みだとたくさんの生徒で賑わいそうなものなのに、今この場には私を含め3人しかいない。
意外な穴場スポットなのだ。
私の日課はこのベンチに寝転がること。
友達もそれに関しては、呆れ気味ではあるけれど承知してくれているようで、昼休みに声をかけるような野暮なことはしなくなっていた。
ベンチを覆うようにしてある木ではあるけれど、時間的にこのベンチに影を作ってくれる役割は担っていない。
それでも、風が葉と葉の間をすり抜ける音が子守唄のようで、いつもうとうと微睡んでしまう。
そんないつもの昼下がり。
「つまんないなー」
それは、いつも思うこと。
やんわりとした平和の空気を望みつつ、どこかでアクションのある日々を所望している。
太陽を掴もうと伸ばした手は、言わずもがな所在なく空を握っただけだった。
「そんなにつまんないならさ、俺の彼女やらない?」
突然降ってきた声と人懐っこそうな笑顔に私は身構えた。
彼の真意が全く見えない。
それ以上に、彼の笑顔が霞んで見えた。
「そんな張り付けたような笑顔を浮かべる人の彼女にはなりたくない」
彼の頬が一瞬ひきつった。
けれどそれも本当に少しのことで、瞬きして次瞼を上げたときにはすでにさっきまでの笑顔がそこにあった。
彼は持っていたサッカーボールを額に膝に胸にと運びながら「おっかしーなー」とやはり笑ってリズムを刻み始めた。
「俺の笑顔、そんなに分かりやすい?」
「知らない。
私の趣味が人間観察だからじゃないかな」
「じゃぁ、そんな篠井柚音さんに質問。
俺の笑顔はどこが悪いのかな?」
軽々とリフティングを続けながら彼は笑顔をこちらに向けた。
笑っていてもその顔はキラキラと輝いていない。
それが何故だか無性に腹立たしくなって、ベンチから起き上がると私はそのまま彼の前に歩み寄った。
そして、彼の体を跳ね回るボールをはたき落とした。
「楽しくないなら笑うなって思う」
虚をつかれたような表情が彼から伺えた。
私は自然に笑顔になって、人指し指をぷすりと彼の頬に突き刺した。
「その表情の方が私は好き」
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