笑顔の君(仮)
偽りではない私の本心。
彼がどんな人かなんてことに興味はないけれど、彼に対しては誠心誠意を込めて接するべきだと思った。
きっと彼の周りには友達と呼べる人がたくさんいるのだろう。
けれど、親友になりうる人はいないのだろうと思えた。
いつか彼にも親友ができるかもしれない。
その第一歩として、私の言葉が役にたったら嬉しい。
少し放心していた彼は、いきなりバカみたいに笑い始めた。
「ダメだわ俺。
やっぱり篠井さんには負ける」
生理的か否か、目には薄く涙が張っていた。
そして、次の言葉を発するときには、彼の顔は笑っていなかった。
「俺の彼女になって下さい」
こんな顔もできるんだ、なんて場違いなことを思った。
真剣な表情はさっきまでの笑顔より、随分と活き活きしている。
だからこそ分からなかった。
彼の選択肢なんて両手の指に余るほどありそうなものなのに、私を選ぶわけが。
だから、私の口から出た言葉は決して間違ったものではないと思う。
「で、真意は?」
風が、色素の薄い彼の髪と、腰まで伸びた茶色のような私の黒髪を揺らす。
私は探るように彼を見つめた。
思っていた答えではなかったのだろう、彼は眉を落として寂しそうに笑った。
けれどそれもつかの間で、いつもの笑みに戻して彼は言った。
「彼女のフリでいいんだ。
告白を断る正当な理由がほしいんだよね」
「私を選んだ理由は?
元から私のこと知ってたみたいだし」
私はあなたのこと全く知らないのに、と小さく付け足せば、彼は困ったように笑いながら日立颯人と名乗った。
私が興味のないせいで知らなかっただけで、彼はサッカー部の所謂エースであるらしい。
校内で彼を知らない人は少なく、私はその少数派に属しているようだ。
日立くんの言葉からも読み取れる通り、彼に選ばれるために競って女子力を究めている女子は多いことだろう。
選りすぐりの女子を前にしてなお、私に白羽の矢を立てたことが腑に落ちない。
「篠井さんは俺の笑顔見破ってくれたっしょ?」
「それは日立くんが話しかけてきた後の話でしょ」
見破られたか、とおどけて見せる日立くんはやっぱり笑顔だ。
私は小さくため息を吐いてベンチに座り直した。
さっきまでの爽やかさはどこへやら、生暖かい風が気持ち悪い。
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