笑顔の君(仮)
日立くんは遠くを見つめて何かを思い出しているようだったけど、すぐこちらに返ってきた。
「つまりは一目惚れ!」
「……意味が分からない」
「いいからさー、俺の彼女になってよ!」
「胡散臭い」
「何が?」
「笑顔」
そう言うと、日立くんの動きはぴたりと止まった。
どうやら日立くん自身、その張り付いたような笑顔は気にしているようだ。
隠そうとしても隠しきれない動揺を、それでも日立くんは笑顔で覆い込んだ。
はみ出て見えるものに気づかないふりをして、私は頷いた。
「いいよ。
彼女になっても」
切羽つまったような彼に手を差しのべたくなった偽善か。
口走った言葉に後悔はなかった。
ぱぁっと明るくなる日立くんに一瞬目眩を覚える。
テンションの差というのは大きいらしい。
「嘘とか言わない!?
篠井さんは今から俺の彼女だよな!?」
「偽物だけど」
「あ、あぁ、そうだな……」
しおらしく肩を落とす日立くんを、私は盛大に笑ってやった。
「自分でフリでいいって言ったんじゃん」
日立くんはブツブツと呟いて、最後に「今はこれでよし」と締め括った。
気にはなるけれどつっこみはしない。
最初に見た張り付けたものより、些かではあるけれど弛んだ頬がそんなことをどうでもよくしたからだ。
日立くんはポケットをまさぐると、それを私に差し出した。
受け取った紙には携帯の番号とアドレスが書いてあった。
私が断るとは思っていなかったのだろうか、元から用意していたらしい。
実際日立くんの申し出を受け入れたのだから何も反論はできないけれど、少し癪にさわった。
やっぱり断ろうかと彼を見上げれば、「よっしゃ!」なんてバカみたいにガッツポーズを決めていて、小さくこぼした笑いと共に断る気持ちは失せていった。
私たちの話の区切りを待っていたように、昼休み終了5分前を告げるチャイムが響いた。
何はともあれ、これからはつまらないと思う時間は極端に減りそうだ。
教室へ戻るためベンチから立ち上がろうとしたとき、不意に腕を捕まれ立ち上がらされた。
驚く私に反して日立くんは笑っていた。
「一緒に戻ろうぜ、柚音!」
とくん、と一瞬心臓が跳ねた気がした。
彼の手を振り払うこともできず、私は彼のなすがままで共に教室へと帰った。
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