笑顔の君(仮)
優愛に聞いても「その方が面白い」と一蹴されそうだ。
後で日立くんに聞いてみた方がいいかもしれない。
パタンと数学のノートを閉じると、日直の号令がかかった。
数学の先生が教室を出てものの数分で担任が入って来た。
いつものように諸連絡を終えれば、時は早くも放課後だった。
部活に入っているわけでもない私のすることといえば、教室で勉強したり図書室で本を読んだり家に帰ったりとまちまちだ。
この間図書室で借りた本が今日返却日だったことを思い出して、図書室に行こうと決めた矢先のことだった。
「柚音ー!
迎えに来たぞ!」
その声に誰もが振り向く。
そこには当たり前のように日立くんがいた。
私はびっくりしながら走り寄った。
「日立くん、なんのこ───」
「恥ずかしがるなよなー。
さっき言っただろ?
名前で呼び合おうって」
これで周りの言質は得たも同然というふうに日立くんは私を小突いた。
何故だろう。
日立くんの傍若無人さに今イラッとした。
それでも彼女なのだからと怒りをおさめて見せた私を誰かほめてほしい。
ひきつる笑顔が苦しい。
「はっ颯人、迎えに来たって何のことかな?」
「柚音、もう忘れたのかよ。
放課後はサッカー部見に来てくれるって約束だったろ?」
日立くんはいちいち私の名前を強調してくる。
それでなくても痛い周りの視線がもっと痛くなるからやめてほしい。
「そう言えばそうだったね。
でも私、先に本を返しに行かなきゃだから、先行っててよ」
本を彼の目の前に掲げて、先に部活に行くよう促す。
けれど彼は私の手から本を奪い取ると、近くにいた彼の友達にそれを渡した。
私たちの会話を聞いていたその友達くんはあっさりと日立くんの意図を汲み取ると、「今度ジュースな」と言って図書室の方にスタスタと歩いていった。
「さっ、行こうぜ!」
日立くんは私の手を取ると、そのまま指を絡ませた。
あまりに普通にやってのけるものだから何の違和感なくいそうになってしまったけれど、ギュッと握られた感触に私は漸く我に返った。
「ちょっ!何してんの!?」
「何って恋人繋ぎ。
彼女できたらやってみたかったことその1なんだー!」
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