笑顔の君(仮)
 
 にかっと笑ったその笑みは心からきているようで、笑顔の仮面を被っていた日立くんを知っているせいか、今の日立くんを邪険に扱うことは私にはできなかった。

 並んではじめて気づいたけれど、やはり男子というべきか、日立くんは私よりも背が高かった。
私の手を握る手はもちろん私より大きくてしっかりしていた。
少女漫画の主人公はこうして恋に落ちるのか、と一人納得したほどだ。

 ほんの少し日立くんの手の力が強まった。
どうしたのかと彼を見上げれば、誰も周りにいないことを確認してからぽそりと呟いた。


「いきなりこんなのは嫌だったよな……」


 それは私に問うているようにも、自責の念にかられているようにも聞こえた。
寂しそうな影が見える声音に、私は返事をする代わりに握られた手の力を少しだけ強めた。

 日立くんは驚いたようにこちらを向いたけれど、目があった瞬間反射のように視線を前に戻した。
日立くんの頬や耳が赤く染まっている。
プレイボーイのような容貌をしつつ、実はうぶなのではないかと親近感がわいた。
可愛らしい日立くんの一面に、私の口から笑みがこぼれた。

 上靴からローファーに履き替えて運動場に向かう。
目的地が目前に迫った頃、日立くんはまたぽそりと呟いた。


「先輩に会ったら帰ってくれて構わないから」


 申し訳なさそうに笑う顔は、仮面だった。
仮面を崩すにはどうすればいいのだろう。

 繋いでいない方の人差し指で、私は日立くんの頬を突き刺した。


「今日は颯人のかっこいいとこ見て、家まで送ってもらう約束だし」


 できる限りの安心感を与える笑みを向ければ、日立くんは目を見開いて、そして静かに笑った。


「やっぱ篠井さんには負けるや……」


 くしゃりと歪められた笑みは泣きそうなもので、恥ずかしそうに彼は空を見上げた。
つられて見上げた空にはもくもくと気持ち良さそうな雲がたくさん浮かんでいた。
流れに身を任せるそれらは徐々に形を変えていく。
それでもクッションのようなもふもふ感は変わらず健在していた。
それは当たり前のことだけど、改めて思えば新発見のように感じられた。


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