Rhapsody in Love 〜約束の場所〜



 帰ることを言い出してから、石原はまた表情を固くして、笑いかけてくれなくなった。
 奥さんと娘のことを思い出したら、ここに来たことを後悔しはじめたのだろうか……。そんな、どうしようもなく不安な思いが、みのりの中に去来する。


 玄関のドアのところに、先ほどみのりが落としたバッグが、置かれたままになっていた。 みのりがそれを脇に避けると、石原はそこで靴を履き、みのりへと向き直った。


「それじゃ。」


と、次に会う約束も交わされることもなく、石原が短く告げる。


「それじゃ、また……。」


 みのりは思い切ってつま先立ちになると、石原の唇に自分の唇を重ねた。石原は唇を開くことなく、みのりの肩を抱くこともなく、みのりの唇が離れるのを棒立ちになって待っていた。

 石原の態度はそっけなく、いつも別れ際にはこんなふうになる。そして、みのりはいつも泣きそうな気分になった。



 川沿いの道に駐車していた車に石原が乗り込むまで、みのりは玄関先で見守った。車が発進すると、今度は部屋を突っ切って、玄関の反対側にある窓辺まで急いだ。ここからは、川沿いを200mほど行って、橋を渡るのを確認できる。

 滑るように走っていた車が、橋の手前でスピードを落とした。ブレーキランプが幾度か点滅する。

 それが意図的なものだと気づいたとき、みのりの胸が切なく震えた。





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