よるをゆく
カメラの高さに合わせて屈んでいた腰を伸ばし、僕は再度声を上げた。
「ねえ、こっちを見て」
──僕を、見て。
彼女は動かない。
僕は更にはっきりと、ほとんど命令の意を込めて最後にもう一度言った。
「見て」
十秒ほど間を空けてから、ようやく彼女はゆっくりと振り向いた。首を少しだけ動かし、横目で僕を見る。
何も言わなくても分かった。彼女のその、抗議の瞳で。
──どうして邪魔するの。
瞳で訴える彼女に対抗するように、僕はファインダーも覗かずにシャッターボタンを押した。カシャ、という小気味いい音と、闇を切り裂くフラッシュの光。
フラッシュを直視した形になった彼女はとても煩わしそうに目を細め、今度は言葉で不快の意を表した。
「なに」
見たことのない、挑戦的な彼女の目。
挑むような目つきを向けられたことに少しだけショックを受ける一方で、彼女が僕を振り向いてくれたことに安心し、そして更にもう一方で、僕は恐ろしいほどに冷静だった。
彼女の瞳を真正面から見据え、先ほどの問いを繰り返す。
「君が今、何を考えていたのか知りたい」
彼女は僕をじっと見つめ、答えない。
「いつも、この夜景の向こうに何を見てるの」
彼女の漆黒の瞳と、睫毛が揺れる。
「教えて」