不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
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あのなんとも後味の悪い舞踏会は、それでもなんとか滞りなく終わって、あれからひと月が過ぎた。
今でも思い出すたびに何とも言えない気持ちになる。まさかエリシア王国の、よりによって王太子があんな無礼者だとは思わなかった。……まあ、わたくしもなかなかに無礼だったことは否めないけれど。
……あのつり目がちの瞳を思い出してわたくしは眉を顰める。
王太子とその側近を含めての一通りのあいさつの後で、彼は最後にわたくしにだけ聞こえる声音でこう言ったのだ。
『また近いうちに会うことになるでしょうが、それまでに気持ちの整理をつけておいて頂けたらよろしいかと』
そしてディランの方に目配せをされれば、何を言いたいのかが自ずと知れた。
この男、と睨むと彼は面白そうに笑った。
……変な男だ、と思う。そもそもわたくしたちが会う予定など無いというのに。
その日わたくしは父王に呼ばれて、彼の書斎に赴いた。
「どうかしましたか、お父様」
書斎の机でお気に入りの葉巻を口にくわえながら、父王はわたくしを見ずにこう告げた。
「……お前への縁談が届いている。エリシア王国の第一王子とのだ」
「は……?」
心臓が嫌な音をたてる。
いったいなにがどうしてこんな話になったのか。
そこまで考えて、ふとあの舞踏会の日のラフィン王子の意味あり気な台詞を思い出す。
近々会う、気持ちの整理……。
このことを、言っていたというのか。
「家柄も格式もなにひとつ申し分ない。お前ももう19になる……これを、受け入れてくれるな、サラ」
「え……?あ、あの。少し、考えさせてはもらえませんか」
混乱した。
いきなりすぎて頭が追い付かない。
王女としては至極当然のものとして受け入れなければならないはずのそれは――――わたくしにとってはただひたすらにショックと混乱をもたらすものでしか無かった。
わたくしの答えが不服だったのだろう、父王はダメ押しとばかりに
「何を考えたところで結果は一緒だ。お前はこの縁談を断ることはできない。大国エリシア起(タ)っての希望だ。この好意を断って戦にならないとも限らん」
そしてひとつ、白く濁った煙を口からふうっと吐き出した。