不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く

するとラフィンは、ますます笑みを深くする。


「……夫婦の間に、ひとつぐらい秘め事があってもいいでしょう」


「ここまで言っておいて、それはないわ」


「答えはあなたの中にありますよ、サラ=アウーラ=アリア王女」


アウーラの名に息をのむ。
それは正式名ではなく、本当に内輪のものしか知らない名だった。


「……あなた、いったいどこでその名を…?」


しかし彼は目を細めてわたくしを見つめるだけで決して口を割ろうとはしなかった。


―――――――――――
――――――


「……不思議なひとだったわ」


ぽろっとこぼれた言葉に、ディランが顔を上げる。


その瞳を見つめ返して、わたくしは尋ねる。


「わたくしのミドルネーム、あなたは知っているわよね」


「……ええ。アウーラ、北に稀に現れる、天の光の帯が起源だったかと」


「そうね……わたくしも久しぶりに聞いたわ」


「昔はよく口にされていましたが……ああ、そうだ、剣術の稽古をしなくなってからですよ。その名を呼ばなくなったのは」


「剣術……?」


「ほら、決闘の際に最初に名乗り合うじゃないですか。我が君は、稽古の際にその名を使っていた」


「そうよ……そう、だったわね」


でも、いったいどこに他国の王子と決闘なんてする姫がいるんだ。


「うーん、結局分からずじまいね、これは」


「どうかなさったのですか?」


「ラフィン殿下が、アウーラの名を知ってたのよ。だからどうしてかしらって思って」


そう言うと、ディランも首をかしげる。
やっぱり分からないか、と出された紅茶をすする。


そんなわたくしを見て、ディランが微笑んだのがわかった。


「どうかなさった?」


「……いえ。我が君が、ラフィン王子を気に入ったようでなによりだと思いまして」


その言葉に瞠目する。


「そのようにどなたかの言葉を反芻するあなた様を見るのは初めてだったので……。興味がおありなのでしょう、王子に」


ペラペラと話し続けるディランを、まるで第三者のように遠くから見つめている自分がいた。


興味?わたくしが?


そこまで考えて、血が引いていくのを感じる。


ディラン、あなたにはそう見えるっていうの?
こんなに自分の気持ちを必死に押し殺しているのに、あなたはそうやっていとも簡単にわたくしを地獄に落とす。

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