不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く

「さ、もう今日は帰りなさい」


切り替えるように、わたくしは明るい声をあげた。


「今日はラフィン様に会って気疲れしてしまったし、早く休みたいの」


すると、ディランの手がそっと離される。
名残惜しくて、そんなふうに想ってしまう自分に呆れて、それでもやはりその手が恋しい。


「……わかりました。夜は冷えますから、きちんとあたたかくして眠ってくださいね」


「もう、ディランったら。分かっているわ、わたくしはもう子供ではないのよ」


「ええ、もう立派なレディですよ、貴女様は」


そうして目を細められる。
その表情が、仕草が、胸を温かくして、苦しくもさせて。
焼き付けるようにそっと目を伏せた。


コートを羽織って出ていこうとするディランを、見送るために立ち上がる。


「……おや、我が君が見送ってくださるなんて珍しい」


明日は雨かもしれない、なんて茶化して言う彼を軽く睨んで。
ついで、ふっと頬を緩めた。


「……こうしてあなたの後姿を眺めるのもあと少しだと思ったら、見送りたくなったの」


「………」


「……いけない?」


「……まさか。有り難き幸せですよ。俺には勿体ないくらい」


一人称が私から俺になる。
この瞬間も、好きで仕方なかった。


はにかんでみせると、ディランも緩く笑んで。


「おやすみなさい、我が君」


「……ん」


ねだるように目を閉じると、呆れた笑い声が降ってくる。
そして、幼い時にしてくれたみたいにコツンと額と額をくっつけて。


「「……あなたの見る夢が幸せに満ちたものでありますように」」


おまじないを一緒に唱えてから、瞳を開ける。
そこには見慣れた騎士の姿。


「……やっぱり貴女はまだまだ子供みたいだ」


「ディランの前でだけよ」


「……ああ。願わくばいつまでもそうであってほしいものだ」


定時を過ぎて、砕けた口調になった彼の優しい声が耳をくすぐる。


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