不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く

『大好きよ、ディラン……』


縋るような彼女の声が耳に蘇る。
愛しい女性にあんな声でこんな言葉を言われて、どうして立ち去ることができただろうか?


「ずるい女だ、我が君……」


しかし、本当にずるいのは一体どちらなのだろうか。
俺はひとり苦笑する。


――――私は、貴女しか愛したことはありませんよ、我が君


真実だった。しかし保険にと掛けていた騎士のポーズを難なく見破られて。哀しいような、しかし躱してくれたことに確かにホッとしている自分が、醜くて狡くてどうしようもなく汚くて。


けれど、と言い訳のように口にする。


「どうか、分かって頂きたい。俺にはあなたを攫うことなどできない……」


結婚の申し出を断ってエリシア王国の顔に泥をぬるようなことはできない。
良くしてくれた王を裏切るような真似はできない。
代々守り継がれてきた伯爵家を落ちぶれさせるようなことはできない。


大人になるにつれて、まわりが見えて、現実を知って、「できない」ばかりが多くなっていく。


それに、エリシア王妃になることが決して悪いこととは思えなかった。
少なくとも、俺と逃げてしまう未来なんかよりは。
逃げても捕まることは明白で、その後俺が処刑になることも確実だろう。しかし、それで済むならまだいい。問題は俺が攫ったことで、彼女が傷物扱いされてこれからの長い人生を一人ぼっちで歩かせなければならなくなることだ。


「俺は、あなたが幸せになる道がそんな道だとは思わない……」


……ずっと考えていたことがあった。


もし彼女が俺を愛しているのならば、それは彼女の足枷にしかならないのではないかと。


俺が傍にいても、辛い想いをさらに募らせてしまうだけなのではないかと。


できることなら、傍にいたい。ここであなたを見ていたい、守ってさしあげたい、……あなたを、愛してしまいたい。


けれどそれが貴女にとって悲しみを増すことの要因になってしまうのなら。


あなたが俺を愛していると確信を持てた時点で、ここを去ろう、と。


「……もう言質、取ってしまいましたからね…」


そして彼女の頬から手を離し、そのまま彼女の左手をそっとすくった。


軽く握ると温かく、優しい音の鼓動が伝わってくる。


目を閉じるとはるか昔の記憶が鮮やかに蘇る。
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