不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く


「……意外だったな。お前たちは本当に良い姫と騎士であったのに、結婚式にも顔を出す前に去るとは……あいつらしくもない。何か、あったのか?」


王のその言葉に首を横に振る。


何もない、はずだ。


それとも何かあったのだろうか?わたくしの知り得ないところで、何か。


(そういえば、どうして今朝、わたくしはベッドの中で寝ていたのかしら……)


ベッドまで移動した記憶がない。
たぶん昨日は泣き疲れてあのまま寝てしまっていたはずだ。


(もしかして……ううん、絶対、ディランが運んでくれた…のよね?)


ということは、あのあともう一度わたくしの部屋に来た……?


「あの、すこし、一人にしてもらってもよろしいですか……?」


そう言うと、察してくれたのだろう。父は無言で出口へ促した。


部屋へ戻り、マーガレットを見つめる。
桃色の、可愛らしいそれに胸が痛む。


一度として、彼にこの花が好きだと言ったことはなかったのに、どうしてこの花を贈ってきたのだろう。


どうしていつも、わたくし以上にわたくしを解っていてくれるのだろう。


「ディラン……」


手元の手紙を見つめる。
まだ実感がわかない。本当に彼とわたくしの契約は破棄されてしまったのだろうか?
そして先ほど父王が告げたとおり、ここを出て行ってしまったのだろうか?


もしかしたら質の悪い冗談で、いまにも影からひょいっと出てきてくれるかもしれない。


花を贈るという意味を忘れてしまったのかもしれない。


そんなはずはないとどこかで知っていながらも、そう思いたいわたくしはギュっと目をつぶる。


怖い、怖い、怖い。


貴方がいなくなっただなんて認めたくなくて、嫌な汗が頬を伝う。


この手紙を読んだら認めなくてはならなくなる。
貴方がいないかもしれない現実を、突きつけられてしまう。


かたかたと手が震えて、ばくばくと心臓が嫌な音を立てて、もう困惑と恐怖と緊張でどうにかなってしまいそうだ。


「どうしよう……」


小さな声で呟いて、わたくしは手元のマーガレットをもう一度縋るように見つめる。


そこで、かすかな記憶が蘇る。


マーガレット?


マーガレットの花言葉……


そう、調べたのよ、何年か前に、ディランと一緒に。


< 26 / 51 >

この作品をシェア

pagetop