不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
「……意外だったな。お前たちは本当に良い姫と騎士であったのに、結婚式にも顔を出す前に去るとは……あいつらしくもない。何か、あったのか?」
王のその言葉に首を横に振る。
何もない、はずだ。
それとも何かあったのだろうか?わたくしの知り得ないところで、何か。
(そういえば、どうして今朝、わたくしはベッドの中で寝ていたのかしら……)
ベッドまで移動した記憶がない。
たぶん昨日は泣き疲れてあのまま寝てしまっていたはずだ。
(もしかして……ううん、絶対、ディランが運んでくれた…のよね?)
ということは、あのあともう一度わたくしの部屋に来た……?
「あの、すこし、一人にしてもらってもよろしいですか……?」
そう言うと、察してくれたのだろう。父は無言で出口へ促した。
部屋へ戻り、マーガレットを見つめる。
桃色の、可愛らしいそれに胸が痛む。
一度として、彼にこの花が好きだと言ったことはなかったのに、どうしてこの花を贈ってきたのだろう。
どうしていつも、わたくし以上にわたくしを解っていてくれるのだろう。
「ディラン……」
手元の手紙を見つめる。
まだ実感がわかない。本当に彼とわたくしの契約は破棄されてしまったのだろうか?
そして先ほど父王が告げたとおり、ここを出て行ってしまったのだろうか?
もしかしたら質の悪い冗談で、いまにも影からひょいっと出てきてくれるかもしれない。
花を贈るという意味を忘れてしまったのかもしれない。
そんなはずはないとどこかで知っていながらも、そう思いたいわたくしはギュっと目をつぶる。
怖い、怖い、怖い。
貴方がいなくなっただなんて認めたくなくて、嫌な汗が頬を伝う。
この手紙を読んだら認めなくてはならなくなる。
貴方がいないかもしれない現実を、突きつけられてしまう。
かたかたと手が震えて、ばくばくと心臓が嫌な音を立てて、もう困惑と恐怖と緊張でどうにかなってしまいそうだ。
「どうしよう……」
小さな声で呟いて、わたくしは手元のマーガレットをもう一度縋るように見つめる。
そこで、かすかな記憶が蘇る。
マーガレット?
マーガレットの花言葉……
そう、調べたのよ、何年か前に、ディランと一緒に。