不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
ここに入るのは久しぶりだった。
前に入ったときは、たしか夜どうしても眠れなくてディランのところに来てしまったのだったっけ。
(あのときの呆れ顔は酷かったわ……真夜中に仮にも男の部屋に来るなんてどうかしていると怒られてしまって、長い廊下を一人で歩いてきたことも心配されて)
幼い頃は、暇なときには毎日のように遊びに来ていた。
思い出のたくさん詰まったディランの部屋。
ドアノブに手をかけて、ゆっくりと扉を開けた。
そして息をのむ。
そこは前に来たときのような見知った面影はひとつもなく、ただガランとした殺風景な室が広がっているだけだった。
「ほんとうに……もう、いなくなってしまったの」
ぽつりと呟いた声は、寂しく部屋へ落ちていく。
それでもまだ、部屋には彼の――ディランの匂いがするように思えて、わたくしはギュっと目を閉じる。
意を決して中へ入り、ドアを閉めた。
しん、と耳が痛くなるような沈黙が広がる。
そして本来の目的を思い出す。そうだ、わたくしはあの本を探しに来たのだ。
パタパタと本棚の方へ駆ける。
ほとんど何も残っていないそこにはしかし、たった一冊だけ―――見知った、本が立ててあった。
それは紛れもなくあのときの本だった。
驚いて急いでそれに手をかける。
パラパラとめくると懐かしくあの日が蘇ってくる。
……そして。
(えっと……マーガレットは……あ、あった。)
どくん、と心臓が鳴り響く。
そこにはあの日と同じ言葉たちが並んでいた。
「真実の友情、貞節、恋を占う、誠実……」
……ああ、そう、なの?
そういうことだったの?
昨日も泣いたばかりだというのに、わたくしの頬にはまた性懲りもなく涙が伝う。
溢れて、溢れて、止まらない。
「……心に秘めた、愛…」
花言葉の最後には、そう、書かれていた。