不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
――ですがどうか、忘れないで頂きたい。
いつ、どこで誰と共にいようと、私は心から貴女さまの末永い幸せを祈っております――。
いまさら、手紙の最後の部分が蘇る。
あれがきっと、彼の精一杯だった。
聡明なのに不器用で、必要以上の言葉を求められることを嫌がって。
それでもわたくしを困らせることを極端に避ける。
だからこんな、賭けみたいなことをしたのだわ。
わたくしがあの日のことを覚えてる確証もない、この本を見つけられる保証もない。
彼の本当の気持ちを知ることはないかもしれない。
きっと彼も、伝わらないならそれでも良いと思ったのだろう。
……けれど。
「甘いですわ、ディラン。
わたくし、あなたとの思い出なら、どんな小さなことだって思い出せる自信がありますのよ」
そう呟いて、涙はそのままに、くすっと笑う。
好き、すき、だいすきよ。
「本当にばかね、貴方は……っ」
最初で最後の告白も、贈り物も、契約ですら全部わたくしに丸投げにして。
無責任だし、平気で嘘はつくし、それなのにいつもわたくしのことばかり気にかけて。
ようやっと、理解できた。
彼が去ってしまった理由、もう二度とわたくしに会わないつもりでいること、もうあなたはわたくしの騎士ではないことも、綺麗にストンと腑に落ちる。
すべてわたくしの幸せを願ってのことなのだと。
「……でも残念だったわね。あなたは間違っているわ……」
小さく小さく愛おしげに呟く。もう二度と会えないだろうそのひとに。
「わたくしの幸せは、エリシア王妃なんかになることじゃない。……あなたと一緒にいることが、わたくしの唯一の幸せだったのよ……」
けれどもう追おうなどとは思わない。
あなたがわたくしのために必死で考えた幸せを全うすることが、わたくしがあなたのためにできる唯一のことなのだと気付いたから。
一緒にいることが幸せだった。
けれど、これから先の未来も一緒にいることが、幸せとは限らない。
一緒に逃げたらきっとあなたは殺される。想い合っていることを父に伝えるにしても、婚約までした今となってはもう遅い。
それならば、わたくしはあなたがくれた幸せへの道を歩いていく。
「……さようなら、わたくしの、世界でたったひとりの王子様」
そうしてわたくしは涙を拭って前を向いた。