不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
「どうして……?」
そこには、もう5年以上会っていない男の―――かつての騎士の姿があった。
「お久しぶりです、……エリシア王太子妃」
わたくしを見上げるその姿は、5年の時を経て落ち着きと精悍さが滲み出ていた。それもそうだ。彼ももう30を超えている。
そしてもう、わたくしのことを「我が君」とは呼ばない。
「……ディラン」
懐かしいその姿に、なにか目に熱いものが浮かんだ。
かつて愛したひと。
あんなに会いたいと恋焦がれていた青年。
けれどもう、胸に浮かぶのは、迫るような郷愁と、会えた喜び、そしてほんの少しほろ苦いあのときのかすかな思い出だけだ。
「本当に……久しいわ。息災だった?」
「ええ、私は相変わらずです」
「風の噂に聞きました。近衛兵隊の隊長の職に最年少で就任したと」
「少しばかり、運が向いていただけですよ」
「そんなことはありません。あなたの剣の腕はわたくしが一番良く知っています」
バルコニーから庭へ続く階段を降り、ディランに近付く。
わたくしを眩しそうに見つめているその瞳の中にも、なにかを懐かしむような、そんな優しい眼差しが宿っていた。
「貴女様は……ご立派になられました、本当に」
「……まだまだよ、わたくしなんか。王太子妃としても、一児の母親としても」
「いえ、あなたはよく頑張っておられる。……私の誇りですよ、いまも、昔も相変わらず」
そして気付く。その左手薬指にキラリと光をはじくものが、はめられていることに。
「……結婚、したのだったわね」
「ええ、去年の暮れに」
「……おめでとう。何も贈れずに申し訳なかったわ」
そう言うと、彼ははにかんだ。その表情の中に、妻を大事にしている様子が見て取れて、なんだか泣きたいような、幸せな気分になる。
「今日はどうしてこちらに?」
「昨日、エリシア王国の近衛兵団との親善試合だったんですよ。そこでラフィン王太子にお招き頂いて」
夫を見上げる。
悪戯っぽく笑う姿に呆れる。
「一言何か言ってくださっても良かったんじゃありませんこと?」
「そしたら君は逃げるかなと思ってさ」
「まったくもう……」