不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
そして地団太を踏む。
「……本当に、姫らしくないな、お前は」
「別に姫らしくなくてもいいわ。だってこれがわたくしですもの」
そう言って頬をふくらますと父は眉間に眉を寄せつつ微笑む。
「……ディランを追いかけてどうするつもりだ?」
「決まってるじゃない。わたくしに何も言わずに去るなんて、いったいどういう根性してるのって言ってやりますわ」
ふん、と鼻を鳴らした娘に王は図らずも噴き出した。
「くくっ……だが、お前が追うことは許さんぞ。万が一にでも未来のエリシア王妃になにかあってからでは遅いのだからな」
そしてわたくしから目を逸らしてあたかも独り言のように呟いた。
「……だが、式のためにこちらに来るラフィン殿下の、国境から城までの護衛は幾人いても少ないということはあるまい。北からも増援を呼ぶこともあるかもしれないな」
「……それ、は」
「なんだ、お前まだいたのか。用がないならさっさと戻らぬか」
その言葉にわたくしは深く礼をして、先程とは打って変わって静かに王の間をあとにした。
一度だけ、チャンスをくれるということだろう。
勅命とあっては、いくらディランでも断れない。ラフィン殿下と共に城に戻るところをなんとか掴まえなければ――。式の後は、わたくしはすぐにエリシアへと発たなければならない。
見つけ出せるだろうか。
不安が首をもたげる。
たとえ見つけ出せたとしても、タイミングが悪ければ話しかけることすらできない。
ぎゅっと目をつぶる。
タイミングが合わなかったら、それまでだ。
きっとそれがわたくしたちの運命なのだろう。
それでも。わたくしはこのままお別れなんてしたくない。10年間、ずっと一緒にいてくれたこと、わたくしを守ってくれていたこと、わたくしを愛していてくれたこと。その全ての想いを貴方に。
……それで、終わりにしよう。