不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
あれは5年ほど前、だったろうか。まだ社交界デビューもしていない頃だったから、たぶん13、4歳ほどの歳だったろう。
王女のわたくしの剣術の稽古は、そろそろ許されなくなってきた。
護身術程度に身に付けるはずだった剣の腕前は、忠実な騎士のおかげもあってか成人の衛兵どころか階級持ちの騎士にすら勝るとも劣らないほどに上達しており、本来の「お姫様」が身に付けるものではなくなっていた。
とうとう人前では剣を持つことも許されなくなり、剣が好きだったわたくしは人目を憚るように夜中にディランと二人で稽古をするようになった。
恰好の隠れ蓑になったのは、滅多に人が来ないバラ園の中で、城からも離れているそこで練習したところで剣がぶつかる音が周りに聞こえる心配もなかった。
その日はディランがさる身分の御方の護衛で駆り出されていたため、わたくしはひとりでこっそりと剣術の稽古をしていた。
そんなところへひとりの男の声がかかる。
『……こんなところで女が剣術の稽古か?』
振り向くと、そこには自分よりもいくつか歳が上のようである青年が眉をひそめてこちらを覗いていた。自分の服装は今は男装だったが、長い髪だけは結いもせずに垂らしていたため女と分かったのだろう。
そういう彼の服装はあくまでラフなものであったため、今日訪問しているエリシア王国側の王子かなにかの従者だろうと思った。
『アリア王国には女の兵もいるのか。これは知らなかったな』
その口ぶりに、無礼な男だとも思ったが、自分が王女であることがバレたらそれはそれで面倒だ。そのまましらを切ることにする。
『……女が剣を持つのが珍しいと?』
口調は、この国の女騎士のようなものに変え、わたくしはそのまま剣の稽古を続ける。
『まあ、そうだな。うちの国では女が剣を持つことは許されていないからな。だが、女がどうとかよりも、俺はその剣の型に興味がある』
そして彼は実に興味深そうにわたくしを見つめている。……落ち着かない。
『それはアリア王国の剣術独特の型か?あまり見たことがないが』
『……そう。この国の剣術には3つの流派がある。その中でも一番有名ではないものだから、見たことが無くても無理はないと思う』
というか、これは王族にしか振るうことが許されない型だ。そうそう覚えあらたかだとこちらも困る。
すると彼の濃い緑の瞳が月に煌めいたのが目に入った。そして一歩わたくしの前に出る。それに気付いてわたくしは剣を振るう手を止めた。
目の前の彼をじっと見つめていると、やがて彼は腰にささった一筋の剣を抜いた。
『手合わせ願いたい』
その言葉にハッと息を呑む。確かな好奇心と期待とがむくむくと湧き上がるのを止められない。
いままで、自分を『王女』だと知っているものとしか手合せしたことはない。手加減をされたことだって1度や2度ではない、本当の意味での試合をわたくしはまだ経験したことはなかった。しかしこの男は、わたくしをひとりの剣士と見て手合せをしたいと望んでいる――。
『……お手柔らかに頼もう』
そう、軽く笑って見せると、青年も悪戯っぽく笑った。
『我が名はアーネスト。貴殿に手合せを申し込みたく候』
『我が名はアウーラ。貴殿の申し出、受けて立とう』
そして、軽やかな剣の音がバラ園に響き渡っていく―――