不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
「アーネスト……。
ラフィン=アーネスト=エリシア……あなたは、あのときの」
従者かなにかだと思っていたのに、あの日の青年がまさかエリシア王太子だったなんて。
すると彼は微笑んだ。その笑みは妖艶で、月の元だとまるで現実味がなかった。
「……久し振り。このバラ園でこうしてまた巡り会えたこと、光栄に思うよ。アウーラ」
その「久し振り」はきっと、女兵のフリをしたわたくしへ対する言葉。たしかにいま、バラ園のあの手合せをした場所にわたくしたちはいる。
「全然気付かなかったわ。忘れていた……本当に、久し振り」
わたくしの彼を見つめる視線も、常日頃『ラフィン様』を見る目ではなくなっていた。遠い日の戦友でも見つめるような、親愛が篭るのが自分でもわかる。
彼は座り込むわたくしの手を取って立ち上がらせた。
力強いその手はあの日と同じだ。
「俺は、ずっと君を忘れたことなど無かったが。……もっとも、君が姫だと分かったのはつい最近なのだけれど」
そして悪戯っぽく微笑む顔は、あの日の彼のままだ。
「どうしてここにいるの?」
普段のように敬語をつけるのすら忘れて問うと、彼は目を伏せた。そして呟くのだ。
「―――過去への追悼と、君への借りを返す決心を着けに」
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結婚式は雲一つない青空が広がっていた。
甘い香りは、そこかしこに活けられた薔薇の花々だった。
マーガレットだけは活けないでほしいと言っておいて良かった、とひとり心の中で呟く。
そうでないと揺らいでしまう。
せっかくこのひとの元へ嫁ぐ決心を着けたというのに。
隣に佇む彼を見上げると、わたくしの視線に気付いたアーネストは柔らかく愛おしげにわたくしを見つめ、頬を撫でる。
その暖かな感触に目を伏せ、昨日――正確には今日だが――の、あの後のバラ園でのことを思い出す。
『――君は、あの騎士を探していたのか』
その言葉に胸が跳ねる。
『……ええ。本当はもう騎士ではないのだけれど……最後、だから』
言うと、アーネストは眉を寄せる。少しだけ苦しそうなその表情に首をかしげると、彼は自嘲気味に嗤った。
『……君はもう俺の妻になるだろう、あの男を愛して――それで、どうなる?逃げようとでも言われたのか』