不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
目を見開いて、慌てて首を横に振った。そうだ、そういえば彼は舞踏会の日、会って早々にわたくしのディランへの気持ちに気付いた男だった。
『そんな約束してないわ。それどころか、ディランはもうわたくしには二度と会わないつもりだもの。騎士を辞める時だって、わたくしの了承もなく一方的で。だから一言なにか言ってやろうと思って探していたの。……結局会えなかったけれど』
すると彼はやはり笑うのだ。それはとても寂しそうに。
『……アウーラ、君の騎士への想いは知っている。だがどうか俺の気持ちも知っておいてほしい。俺は、君が好きなんだ。君が剣を振るう姿を、この目で見たあの日からずっと君だけを想っていた』
そしてそのまま引き寄せられると、苦しいくらいに抱きしめられる。
『……忘れろとは言わない。君の気持ちを求めもしない。だが、お願いだ。傍にいてほしい。……俺の妻になってくれないか』
その震えるような声に、胸が竦んだ。
このわたくしより年上の、大国の権力者は心は求めないという。ディランを愛したままでいいという。それどころかそんなわたくしですら、……愛してくれる、と。
自然、涙が出た。申し訳なくて、そんな嬉しい言葉をもらっても尚、心はディランを求めている自分も確かにここにいて。
ディランには会えなかった。
たぶんもう、ここにはいないのだ。
だったら、この手を取るのもきっと悪くない。
ディランがいなければ幸せにはなれないと思った、でも、それに準する幸せをきっと彼は作ってくれる。
だからわたくしはこう答えた。
『アーネスト、わたくしは今まで”貴方自身”を見ていなかったわ。
だからこれからは本当の”貴方”を見せて欲しい―――』
――――
―――――――――
「アウーラ、気分でも悪いのか」
その声にはっと我に返る。
今は式が始まる本当に直前。会場には既に多くのひとが入っているのが見える。けれどそれでもほんの一部に過ぎない。この後の披露宴にはさらに倍以上の来賓が来ることを知っている。
肩に伸し掛かるものを鮮烈に意識せざるを得ない状況に足がすくんだ。
とうとうわたくしは結婚するのだ。
けれど……本当にこれで良かったのだろうか。
「い、いいえ。大丈夫よ」
にこりと笑って未来の夫を見上げた。
いけない、決めたばかりなのに。わたくしはまだ迷っている?
けれども、ディランには会えなかった。
もう、すべてが遅すぎるのだ。このままわたくしは……。
「……あの、サラ様」
そのとき遠慮がちな声が聞こえた。声の主のほうを見ると部屋付きのメイドだった。思わぬ相手に目を丸くする。
「サーシャ?どうかしたの?」
こんなところまで来るとはいったい何事だろうか。よっぽどの急用かもしれない、と身体ごと彼女に向きなおる。
すると彼女は少しだけ眉を寄せて複雑そうな顔をした。
そしてその手に持っていた一輪のマーガレットを差し出してきた。