不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く

「……マーガレットは、今日のこの式に相応しくないから全て取り替えてと言っておいたはずよ」


彼女の意図が分からず、わたくしは眉を寄せる。しかし傍仕えの彼女だってそれは十分に知っていたはずだ。複雑な色をした瞳もそれを物語っている。


「ええ、承知しておりますわ、サラ様。ですが……その、先程サラ様の自室に鍵がかかってるか確かめに行ったのです。そしたら、机の上にこの花が」


その言葉にわたくしは目を見開いた。
彼女から優しい色をしたピンクの可憐な花を受け取る。


「……いま、この花のことを告げるべきか迷いました。ですが……出過ぎた真似だとは分かっていましたが、いま言わないと間に合わないと思ったのです」


そして彼女はわたくしの手を握る。


「厩にはあの方の馬がまだありました。あとはご自身でご判断下さい」


そして彼女は深く礼をして去って行った。


茫然とその花を見下ろす。
自室にはもう帰らないでそのままエリシアに向かうつもりだった。だからやはり、この花にわたくしが気付くこともないはずだった。


こんなことをするのは、後にも先にもただ、ひとり。


「どうして貴方はいつもこうなの……」


いつも、いつもいつも、直接言ってはくださらない。大事なことは、わたくしが知らないままでいいと思ってる。


「そういうとこ、大嫌いよ……。憎たらしくて、自分勝手で、最低だわ」


吐き捨てるような声を出したはずなのに、そこには隠し切れない愛おしさが滲んでいた。やはり、駄目なのだ。どうしようもなく、好きで、彼が好きで。こんな一輪の花ひとつで胸が締め付けられるのだ。


「……行ってきなさい」


降りかかった声に驚いて顔を上げる。アーネストはわたくしではなく、どこか遠い場所を見ていた。


「何を……」


「聞こえなかったのか?行けと言ったんだ」


そしてようやっとわたくしをその瞳に宿す。無機質に透き通った瞳に圧倒される。このひとは一体何を言い出すのだろう。


「馬鹿なことおしゃらないで。式はもうすぐに始まるのよ?第一、わたくしはあなたの妻に―――!」


「馬鹿なことを言っているのは君の方だ、アウーラ!」


びくりと肩が跳ねる。
周りに人がいなくて良かった。式直前に言い争うなど見られたら終わりだと、それでもどこか冷静にわたくしは考えていた。
しかしアーネストは真っ直ぐにわたくしを捉える。そして揺さぶるようにわたくしの肩を掴む。


「ずっと好きだったんだろう。どうしようもなく思っていたのだろう?それなのにこの結婚を受け入れてくれると君は言う。本当、どうしようもない馬鹿だ、君は」


その言葉はわたくしの心に真っ直ぐ落ちてくる。
馬鹿?
どうして。あなたのほうがよっぽど馬鹿だわ。


「こんな、誰かを想っているわたくしでいいと言ってくれた上に、ディランを追うことまで許して下さるの?……貴方の方が馬鹿だわ。いま追ったらどうなるかわからない。わたくし、国も貴方も何もかもの責任を放棄して逃げてしまうかもしれない。……それでも、いいとおっしゃるの……?」


茫然と言うと、彼は所在無げに笑った。
そして、思いもしないことを言う。


「……昨日言ったろう?『過去への追憶と、君への借りを返しに』ここに来たのだと」

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